【インタビュー後編】マンガ家タナカカツキ、中2時代を語る

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様々な人物から、活動の中心にある中2的思想を導き出す連載、「私の中2ゴコロ」。第1弾はマンガ家として活躍するタナカカツキさん。インタビュー前編では、仕事の殆どをサウナで行う本人に、その真意をうかがいました。続いて後編では、自身の中学2年生時代を語っていただきました。
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【後編】タナカカツキ、中学2年生時代を語る
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–部活と音楽浸けの中2ライフ

前編でのサウナの話と変わって、今回『中2イズム』ということで、僕の中学2年生時代を振り返って話したいと思います。あの頃は、思えば部活と音楽浸けの日々でしたね。小学生の時には、もうマンガ家になると決めていたんですよ。それで当時『マンガ家入門』とか読んでみたら「プロになるにはマンガばかり読んでいちゃいけない、色んな刺激を受けた人こそ良いマンガが描ける」って書いてるんです。だから小学校卒業と同時に一旦マンガも卒業、テニス部でラリー練習にハマっていましたね。あれって反復運動だから、続けていると一定のリズム感が心地良くなってきて、止められなくなるんですよね。そうこうしている内に、中2の頃には完全に上手くなってましたね。

一方で、音楽にも没頭していました。世の中的にラジカセがすごい進化して、レコードをテープにダビングして、編集したりして遊んでました。ぼくの買ったラジカセがテープからテープにダビングできるやつで、さらにラインから入力もできたので、一人でバンドみたいなことができたんですよね。ピアノは小学生の頃から習ってまして、ギターも弾けましたから、テープに何重にも録音して、作曲もしてましたね。あほみたいな曲もいっぱい作りました。同じテニス部の
友人に聞かせたら大興奮して、ふたりでテニス部さっさとやめて、リズムマシーンやエレキベースも買って、宅録ばっかりやって遊んでましたね。そのうち、将来はマンガ家より音楽でやっていきたいみたいな気持ちも生まれてました。
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タナカカツキ6
–自分もそろそろデビュー

音楽とマンガ、将来はどっちかでやっていきたい。ただ、自分にとって、音楽家はどうやってなっていいかわからない。歌手志望とかではなかったんで、編曲家とかプロデューサーって、どうやってなったらええねん!?って感じで。一方でマンガ家って、まずはマンガ誌で受賞するという道筋があるわけじゃないですか。非常にシンプルですよね。だから、まずはマンガをせっせと描いてましたね。

でも、マンガ家への将来も正直焦っていましたね。確か1歳年上のさくらももこさんが、15歳で既にマンガ誌で受賞してたんですよ。なので自分もそろそろデビューしてもおかしくない年齢だと、まだ14歳なのに、なんか妙に焦ってましたね。
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photo:Masanori Ikeda(YUKAI)

photo:Masanori Ikeda(YUKAI)


–自販機でエロ本買ってもいいんだよ!

今、改めて中2の自分を振り返ってみたら、もっとガッツリ行っても良かったんじゃないかな、と思うことはあります。変に受験の事とか考えちゃって、自制心が強かったんですよ。アンダーグラウンド過ぎるものとか手が出せなかったし、いかがわしい本屋の奥に行く罪悪感とかあって、そうやって自分で勝手に壁を作ってましたからね。だからもう「自販機でエロ本買ってもいいんだよ!」と。両親に見つかることを恐れちゃいけないって、教えてあげたいですかね。

一般的な家庭に育ちましたけど、どういうわけか親を裏切れない気持ちがありました。今でもトラウマなんですけど、中2の時、気になっている女子と下校の帰り道が一緒になったんですよ。そしたら偶然母親が正面から現れて、思わず僕その子から離れちゃったんですよね。彼女にすれば傷付く行動ですよね。僕自身もショックだったんです。「好きな子より母親を取るのか、お前は」と。だから「好きな子いたら付き合ってもいいんだよ」って言ってやりたいです。

僕の中2は、テニス、宅録、マンガ制作に明け暮れたわけですけど、これらが今の仕事にも直接結びついてると感じます。なので、中2で、今の自分がおおよそ完成してしまったのかと思いますね。成長なしといったところです。
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tanaka
タナカカツキ / マンガ家
1966年大阪うまれ。1985年マンガ家デビュー。著書には『オッス!トン子ちゃん』『サ道』、天久聖一との共著「バカドリル」などがある。4月21日に、伊藤 ガビンとの共著『大うんこ展』が発売開始。
タナカカツキ公式サイト




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